
奈良県の吉野は桜で有名です。あの豊臣秀吉も5,000人を伴い吉野の花見にいきました。桜の季節は人々で賑わうでしょうが、私が行った秋は静かでした。ここで後醍醐天皇が南朝として政務を行っていたのですね。政務を行なった部屋も見ることもできます。次回は桜の季節に行って見たいですね。
2 室町幕府の政治と外交
⑴ 政治拠点の結合と内乱の終息
南北朝動乱の終息
九州探題(a 今川了俊(貞世) )が懐良親王を破り九州を制圧
南北朝の合体(1392)
足利義満の斡旋で南朝の(b 後亀山 )天皇が北朝の(c 後小松 )天皇に譲位
両統迭立の約束反故
室町幕府の確立
将軍邸は「花の御所」(1378・京都室町)
朝廷の権限の吸収・管轄
京都の市政権 警察権・民事裁判権、酒屋・土倉に対する課税権
足利義満:公武の頂点、朝廷へ接近
准三后(1383)
将軍辞任(1394):長男に(d 足利義時 )が4代将軍に就任
太政大臣:後に辞任して出家(1395)
有力守護の統制
義満が強大化した守護を挑発して、勢力削減
土岐康行:土岐康行(美濃・尾張・伊勢3国の守護)を討伐
(h 明徳 )の乱(1391):山名氏清(山名氏は11カ国の守護)
(六部一衆)を討伐
(i 応永 )の乱(1399):堺で挙兵した大内義弘は(周防など6カ国の守護)を討伐
⑵ 室町幕府の組織と財政
守護在京制…守護が在京して幕府の政務を分担し、領国支配を守護代に任せる 形のこと
経済基盤
幕府直轄地である(f 御料所 )からの年貢・公事・守護の分担金、地頭・御家人への賦課金・五山の上納金:五山官銭・五山献上銭
土倉・酒屋役:高利貸しへの課税・ (g 段銭 )・棟別銭、田地・家屋への課税
関銭・津料:通行税・日明貿易の利益:後に請負商人からの抽分銭
分一銭:徳政令発布にともない債権者または債務者から徴収
⑶ 東アジアとの交易
前期倭寇(14世紀〜15世紀初頭)
根拠地:対馬・壱岐・肥前松浦
活動地域:朝鮮半島・中国北部の沿岸
活動:食料の略奪や人の捕虜化などの海賊行為
元寇後の日中関係
正式な日元間の国交はなく、私貿易が往来
政府が派遣した私貿易船
建長寺船(1342)鎌倉幕府(北条高時)が建長寺船の資金調達のため
天龍寺船(1342)
足利尊氏が(a 夢窓疎石 )の勧めで派遣
後醍醐天の冥福を祈って天龍寺を建立するため
国交樹立
冊封体制の再構築(中国を中心とする国際秩序の回復)
1402年:建文帝から「日本国王源道義」宛国書
1403年:足利義満「日本国王臣源」と署名
1404年:朝貢貿易の開始
形式:勘合貿易(明の貿易統制、勘合交付)
使明船:勘合を持参し、(c 寧波 )・北京で査証
朝貢貿易:朝貢品に対して明が回賜
明側が滞在費・運搬費負担したため、日本に大きな利益
品目:輸出…刀剣・工芸品(扇・屏風)、銅、硫黄
輸入…銅銭(洪武通宝、永楽通宝、宣徳通宝)
生糸、絹織物、陶磁器、書画など(唐物と呼ばれる)
中断と再開
足利義持(4代将軍)が朝貢形式に反発して中断(1411)
(d 足利義教 )(6代将軍)が貿易の利を重視し再開(1432)
勘合貿易の主体
幕府の直接経営(義満の時代)から諸大名・寺社・商人の参入へ
幕府の衰退で大内氏(博多商人と結ぶ)と細川氏(堺商人と結ぶ)に移る
勘合貿易の終焉(1551)
(e 寧波の乱 )(1523)両者の勘合船の紛争⇨大内氏の勝利・貿易独占
大内氏滅亡によって終焉
後期倭寇(16世紀半ば)
発端:勘合貿易の断絶
構成:大部分は日本人と結んだ中国人の密貿易者(王直
⑷ 朝鮮王朝の成立
朝鮮の建国(1392) 倭寇鎮圧で名声をあげた李成桂が高麗を倒して建国
日朝関係
背景:朝鮮王国が日本に通交と倭寇禁止を求め、それに足利義満が応じて国交回復
形式:朝鮮国から大内氏・日本国王
(将軍足利義政)に通信府を発給
対馬の宗氏:日朝間で貿易摩擦、守護大名、博多商人などが参加
中断:応永の外寇(1419)
対馬宗氏の代わりで倭寇の再発
朝鮮軍が対馬攻撃:朝鮮は対馬を倭寇の根拠地とみなしていた
貿易港:(f 富山浦 ) 乃而浦・塩浦の三浦に倭館の設置
制限:宗氏は朝鮮と癸亥条約(嘉吉条約・1443)を締結
宗氏は文引(渡航許可証)を発行
品目:輸出…鉱産物(銅・硫黄)、南海産物(琉球貿易で獲得し香木・蘇木)
輸入…(g 木綿 )(生活様式に影響)大蔵経
衰退:三浦の乱(1510):三浦の日本人の特許縮小に対し暴動が起き、貿易衰退
⑹ 琉球王国の統一
グスク時代(12~15世紀):農耕開始⇨(h 按司 )(豪族)が割拠し、グスクを築く
14世紀に三山(北山・中山・南山)が分立し、明へ朝貢・冊封
琉球王国の成立(1429)
(i 尚巴志 )が(中山王)三山統一、明から冊封を受ける
琉球貿易
琉球船による中継貿易(東アジア⇄東南アジア)
(j 那覇 )(首里の外港)…貿易の拠点
琉球文化:「おもろさうし」(琉球の古代歌謡「おもろ」を終成
⑺ 北方の交易
蝦夷ヶ島(現在の北海道、樺太、千島列島)アイヌ
陸奥国津軽地方の豪族である安藤(安東)氏がアイヌと交易(13世紀前半〜)
十三湊(安東氏が交易の拠点とした津軽地方の港)が拠点
日本海諸港や琵琶湖水運を経て畿内へ
安藤氏の家臣らが蝦夷ヶ島南端に移住(14世紀)⇨道南十二館の築造
(k コシャマイン )の蜂起(1457)
和人の横暴に対し、アイヌが主張を核に蜂起
道南十二館のほとんどが陥落
蠣崎氏(安藤氏の家臣)の客将である武田信広が鎮圧
武田信広が蠣崎氏を継承(蠣崎信広)
