
古墳時代は、3〜7世紀にかけて古墳がつくられた時代のことです。古墳は、巨大古墳からこのキトラ古墳のように小さくなっていきました。飛鳥時代にも、古墳がつくられました。飛鳥時代は、厩戸王(聖徳太子)が推古天皇の摂政となって活躍した時期から710年の平城京遷都までの118年間のことです。古墳時代は厩戸王(聖徳太子)が推古天皇の摂政の飛鳥時代の一部も含みます。また、卑弥呼が活躍した弥生時代の一部も含みます。時代が重なっていて少しわかりにくいと思いますが、時代区分は人間がつくったもので、ここからが飛鳥時代というわけではなく、その時代や文化が影響を与えながら次に時代につながっていくのです。
4 古墳時代の生活と文化
4世紀〜7世紀ごろ大陸から渡来人が日本にやってきました。それらの人々は、漢民族や朝鮮民族の子孫だと考えられています。それらは主に朝鮮半島の百済から伝わってきました。王仁は「論語」弓月氏は「機織」などあります。主なものを以下にまとめてみました。
また、仏教が伝わったのもこの時期です。
- 大陸文化の摂取と生活様式の変化
王仁…西文氏の祖で、「論語」「千字文」をもたらす
阿知使主…東漢氏の祖
弓月君…秦氏の祖で、養蚕、機織を伝える
品部(技術者集団)に組織
韓鍛冶部・陶(作)部(須恵器の生産)・錦織部
史部(記録・出納・外交文書作成)
農業生産力の向上を指揮した有力農民⇨(a 豪族居館 )に住む
① 漢字使用
稲荷山古墳出土鉄剣銘(辛亥年=471?)
江田船山古墳出土鉄刀(5世紀後半?)
隅田八幡神社人物画像鏡銘(癸未年=443?・503?)漢字で日本史表記
513 ② (a 儒教 )…百済から五経博士が渡来して伝える 医・易・歴などの学術も伝わる
538 ③仏教 公伝 百済の聖明王から欽明天皇へ
538年(戊午)説 『上宮聖徳法王帝説』『元興寺縁起』
552年(壬申)説 『日本書紀』
私伝 司馬達等 552年に渡来し、私宅で仏像礼拝(扶桑略記)
④ 古墳 6世紀…大陸系の横穴式石室が普及(追葬可能な家族墓的性格へ)
7〜8世紀 火葬(仏教思想)の普及・造寺造仏によって次第に消滅
※終末期古墳…高松塚古墳・キトラ古墳(奈良県)

- 信仰の諸相
歴史編纂 …『(a 帝紀 )』(大王の系譜)・『(b 帝紀 )』
(朝廷の説話)⇨「記紀」に結実(8世紀前半)
生活と固有信仰
土器…土師器(弥生土器の発達)・須恵器(朝鮮半島から技術が伝来)
住居…竪穴住居 5世紀以降にカマドがともなう
豪族居館跡…ミツ寺 I 遺跡(群馬県) 居館を濠・柵で囲む
農耕儀礼…祈年祭(2月の五穀豊穣)・新嘗祭(11月の収穫感謝)

伊勢神宮のお参りは、外宮を参拝してから内宮に参拝するというのが正式なお参りの仕方だそうです。私も外宮を参ってから内宮にお参りしたのですが、外宮から内宮までは歩く距離ではありませんでした。(ちょっと後悔)しかし、荘厳さとでもいいますか空気からして神聖でした。
出雲大社は、縁結びの神で有名ですね。特に、しめ縄は想像を超える大きさでした。こちらは、大国主神(オオクニヌシノカミ)が祭られています。伊勢神宮は、天照大神ですね。この時代は、神が多く登場するのでいろいろと調べると楽しいですね。
神社…伊勢神宮(三重県)主祭神は天照大神
出雲大社(島根県)主祭神は大国主神
住吉大社(大阪府)航海神を祀る
大神神社(奈良県)神体は三輪山
宗像大社の沖津宮(福岡県) 神体は沖ノ島で「海の正倉院」と呼ばれる
習俗 禊・祓(汚れを除く)
太占(鹿の骨を焼いて占う)・盟神深湯(熱湯を用いた原始的裁判)