日本史探究・定期試験・大学受験に役立つ・弥生時代歴史散歩

ここは、有名な登呂遺跡です。右には、祭殿、左には竪穴住居が見られます。縄文時代の晩期には稲作が始まり、弥生時代には水稲耕作が広がっていきます。この米の余剰から身分と貧富の差が始まり、有名な卑弥呼もこの弥生時代に登場しました。また、金属器も伝わり青銅器は祭器に鉄器は主に武器に使われはじめました。この時代には、邪馬台国の場所、日本人の騎馬民族説など多くの論争が続いていて、とても魅力的な時代です。次に続く古墳時代もとても魅力的な時代です。

弥生時代の社会と文化

弥生文化の成立
B.C.4世紀   大陸から(a 水稲耕作   )と(b 金属器  )(鉄器・青銅器)が伝わり、
(c 弥生     )土器が使われた⇨(d   弥生    )文化

B.C.250年頃には、東北地方北部まで稲作が到達していたことが青森県砂沢遺跡(東日本最古の水田跡)により判明
弥生土器が作られ、稲作では石包丁・木鋤・木鍬が用いられる。
各地に高床倉庫・環濠集落が出現
〜収穫物(富)をめぐり貧富・階級差が生まれ、争いが繰り返された結果、首長の登場により各地に小国(=クニ)が成立

稲作伝来の背景 中国大陸農耕文化(B.C.6500〜B.C.5500頃・今から7000〜8000年前)、その後も生産技術が発展
統一国家の形成
秦(B.C.221〜B.C.206)
漢 前漢(B.C.208〜A.D.8)後漢(25〜220)
水稲農耕の伝播のルート 朝鮮半島南部⇨九州北部(約2500年前)⇨西日本⇨東日本(九州に直接伝播したとする説もある)

北海道では続縄文文化(狩猟・採集・漁労 7世紀以降には擦文文化やオホーツク文化が成立)
沖縄(琉球諸島)では、貝塚文化が続く(貝の採集や漁労を中心)

考古学 弥生時代(B.C4世紀〜A.D3世紀 前期・中期・後期)・鉄器時代
1884年に本郷弥生町(東京都文京区弥生)の向ヶ丘貝塚(弥生町遺跡)で弥生土器を発見 

  • 水稲農耕
    (a 湿田    )…前期の水田(水はけが悪く、ぬかるんでいる田)
    (b 乾田    )…中後期(水はけがよく収穫量が多い田)

籾の直播・田植え(岡山県の百聞川遺跡)
木製農具(鋤・鍬・田下駄・大足・田舟・木臼・堅杵)
磨製石器(磨製片刃石斧)石包丁で稲穂刈り
⇩  鉄製工具(斧・刀子・やりがんな・など)
鉄製農具(鋤・鍬・鎌の刃先) 乾田の開発に貢献
(c 高床倉庫   )…収納庫の役割

  • 弥生土器:赤褐色・薄手・硬質・高温焼成が特徴
    甕(煮炊き用)・壺(貯蔵用)・高杯・鉢(盛り付用)甑(米を蒸す)

⑵  弥生時代の生活と習俗

銅鐸


金属器…青銅器と鉄器
青銅器
青銅製祭器の分布(3つの文化圏)
(a 銅鐸      )…近畿中心:農耕生産の安定や集団の繁栄を願う
平形銅剣 瀬戸内海中部中心
(b 銅矛   )・(c 銅戈     ) 九州北部中心
(神庭)荒神谷遺跡(島根県)銅剣358本・銅矛16本・銅鐸6点が出土 
加茂岩倉遺跡(島根県)銅鐸39点が出土鉄器 鉄製農具・(d 鉄製     )工具などの実用品
⇨石器は消滅に向かう
機織 紡錘車(繊維によりをかけて糸に紡ぐ道具)の利用

② 水田遺構の遺跡
縄文晩期〜弥生前期 菜畑遺跡(佐賀県)
縄文晩期〜弥生初期 板付遺跡(福岡県)
弥生前期 砂沢遺跡(青森県) 遠賀川式土器
弥生前期 立屋敷遺跡(福岡県)
弥生中期 垂柳遺跡(青森県) 遠賀川式土器・稲作の北限
弥生後期 登呂遺跡(静岡県) 矢板で仕切った畦畔
弥生後期 山木遺跡(静岡県)     

③集落(集落間の対立と抗争を背景とした集落の防衛) 
環濠集落
唐古遺跡・鍵遺跡(奈良県)・吉野ヶ里遺跡(佐賀県)
池上曽根遺跡(大阪府)・大塚遺跡(神奈川県)・原の辻遺跡(壱岐島)
高地性集落 紫雲出山遺跡(香川県)

④ 墓制(集落近くの共同墓地に葬る)

甕棺墓


甕棺墓・支石墓(北九州) 須玖岡本遺跡(福岡県)
土壕墓・木棺墓(近畿)・箱式石棺墓(西日本)・伸展葬
(a 方形周溝墓  )(近畿〜東日本)…周囲に溝を回らす構造
首長墓の出現⇨貧富・身分差の発生
甕棺墓の副葬品は銅鏡・銅剣・銅矛など中国製青銅器
墳丘墓:楯築墳丘墓(岡山県)・吉野ヶ里墳丘墓(佐賀県)
四隅突出墳丘墓(山陰・北陸)

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